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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)6603号 判決

原告

破産者紅葉溪株式会社破産管財人

森信静治

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

巖文隆

外四名

主文

一  被告は、原告に対し、金五一万四一四三円及びこれに対する平成四年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金一一〇万円及びこれに対する平成四年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いがない事実

1  訴外紅葉溪株式会社(本店大阪市旭区高殿七丁目一七番四号)は、昭和六三年一〇月一七日午後四時大阪地方裁判所で破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任された。

2  破産会社の代表取締役高橋敏夫を保険契約者として、被告(郵政省)との間で、一〇年払込み一五年満期養老保険(保険証券番号四一三二 八一三一二六九号)、保険金額一〇〇万円、特約保険金額一〇〇万円とする簡易生命保険契約が昭和六三年七月六日に締結されている。

保険料は、申込の際に全払込み期間に関わる分として七四万七五六七円が払い込まれている。

3  原告は、高橋敏夫に対し損害賠償請求権三八六六万余円を有するが同人は無資力であるとして、債権者代位権により高橋敏夫を保険契約者とする前項の保険契約を解約する旨を本件訴状によって被告に通告し、解約返戻金を原告に支払うよう請求した。

4  本件訴状が被告に送達された日である平成四年八月二六日の時点で2項の保険契約を解約したとした場合に保険契約者に支払われるべき金額は、次のとおりである。

(一)① 還付金(養老保険約款四五条、疾病傷害特約約款四七条)

二七万一〇〇〇円

② 剰余金(養老保険約款五四条、疾病傷害特約約款五五条)

二万三〇三四円

③ 未経過保険料(養老保険約款一三条、疾病傷害特約約款一二条)

五〇万〇五〇二円

(二)① 源泉徴収税額 七〇四五円

② 特別徴収税額 二三四八円

(三) 支払われるべき金額

(一)の合計額七九万四五三六円から(二)の合計額九三九三円を控除した金額

七八万五一四三円

二争点

1  破産会社の高橋敏夫に対する損害賠償請求権の存否

(原告の主張)

破産会社の代表取締役高橋敏夫は、昭和六三年二月二六日破産会社が賃貸していた事務所の建物及び敷地を所有者から代金二億三六〇〇万円で買い受けて同日訴外本多興産株式会社に代金三億一七五六万円で転売して得た売却益八一五六万円の内金五六〇〇万余円を、同人の妻である高橋順子名義で預金して隠匿し、同年七月五、六日にその内金三八六六万余円を払い戻して自己名義や高橋順子名義の一時払いの保険契約(本件保険契約もその一つである)の保険金や普通預金等に充当して横領した。

2  高橋敏夫の無資力

3  債権者代位権に基づく保険契約解約の可否

(被告の主張)

生命保険契約の解約権をはじめ保険契約者が有している種々の権利は、保険契約者、被保険者、保険金受取人、保険者の四者間の権利義務関係に重大な変化をもたらすものであって、保険取引の安全と法的安定性のいずれの見地からしても、保険契約者以外の第三者の代位行使には馴染まない。また、生命保険契約の性質上からも、保険契約者以外の者がこれを解約することは許されない。

4  還付金を受領する権利を債権者代位権の目的とすることの可否

(被告の主張)

本件に適用される平成二年法律第五〇号による改正前の簡易生命保険法五〇条によって保険金または還付金を受け取るべき権利は差し押えることができないとされているから、本件保険契約が解約されても、高橋敏夫が受け取るべき返戻金のうち還付金は債権者代位権の目的とはならない。

第三争点に対する判断

一破産会社の高橋敏夫に対する損害賠償請求権の存否について

証拠(〈書証番号略〉)を総合すると、ほぼ原告の主張に添った事実が認められ(但し、買受代金は二億五二〇〇万円で、売却益は六五五六万円になる。)、これによると、破産会社はその代表取締役であった高橋敏夫に対して少なくとも三八六六万余円の損害賠償請求権を有していることが明らかである。

二高橋敏夫の無資力について

証拠(〈書証番号略〉、弁論の全趣旨)によると、高橋敏夫はその経営する会社を倒産させ、その後は所在不明で、隠匿した資産も管財人によって追求されていることが認められ、同人は前項の損害賠償金を支払う資力がないものと推認される。

三債権者代位権による保険契約解約の可否について

生命保険契約であることのみから当然にその解約権が行使上の一身専属権であると解することは相当ではなく、生命保険契約のうち専ら保険金受取人の生活保障あるいは社会保障の補完を目的とするものなどにあっては、その継続・解約の意思決定に債権者が干渉することは許されないと解すべきであるが、他方、生命保険契約の中でも主として貯蓄や時には利殖を主たる目的とするような契約にあっては、その解約を通常の財産権と別異に扱う理由はないと解される

そこで、これを本件保険契約についてみると、本件保険契約は、一時払養老保険であり、契約の当初に一括して保険料を前納して払い込み、高利回りの配当を期待するいわゆる貯蓄型の保険であり(現に解約返戻金の総額は当初の払込金額七四万七五六九円を上回っている。〈書証番号略〉)、また、保険契約者、被保険者、保険金受取人が同一人である(〈書証番号略〉)ことからしても、その性質は専ら貯蓄を目的とするものとみることができるから、その解約権を行使上の一身専属権と解すべき理由はない。

したがって、本件保険契約は、原告の債権者代位権に基づく解約権(養老保険約款四四条)の行使によって、将来に向かって解約されたことになる。

四還付金の受領権を債権者代位の目的とすることの可否

簡易生命保険法の一部を改正する法律(平成二年法律第五〇号)付則二条五項の経過規定により、本件保険契約には右改正前の簡易生命保険法が適用され、同法五〇条によると還付金を受け取るべき権利は差押えが禁止されている。

そして、差押えを許さない権利は債権者の共同担保とはなり得ないから、債権者代位の目的にならないというべきである。

したがって、第二の一4の返戻金のうち(一)①の還付金二七万一〇〇〇円については、原告はその支払いを被告に求め得ないことになる。

第四結論

以上の次第で、原告の請求のうち、第二の一4(一)の②剰余金及び③未経過保険料(合計五二万三五三六円)から同(二)の①②の徴収税額(合計九三九三円。その全額が(一)の②③に対応すると解される。)を控除した残額五一万四一四三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるが、その余の請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小田耕治 裁判官栗原壯太 裁判官田村政巳)

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